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優れたデザインは98%の常識と2%のマジックから成立する

吉田兼好の「徒然草」では「女のなき世なりせば、衣文も冠も、いかにあれ、ひきつろう人も侍らじ」というが(男が、身だしなみを整えるのは、女がいるかこそだという考え)落合正勝氏の言うように本当は女が存在するから男はお洒落をするのではないとおもう。
増穂残口「女子の好むに引惹かれて、男の衣領好するは、いよいよ戯けノほどを表はすなければ恥づかしからずや」
男が女の好みに合わせ、お洒落するなどとは、たわけた恥さらしだ、という意味だ。
もし仮に世の中が男ばかりならもっとお洒落の努力をするだろう
英国海軍や陸軍のエリートたちは、状況に応じたドレスコードを持ち、女人禁制のロンドンのプライベートクラブの男たちは、競って「だてしゃ」ぶりを楽しんでいる。
イタリアでもお洒落な男たちは自分だけのために身を飾る。
真のダンディズムとはモノの価値を理解した男同士の間でこそ成立するものだ

歴史に残るダンディたちは、たいていが道楽者だ

道楽とは本来は、道を解した楽しみである
道を解すためには、集中し、徹底してモノに取り組まなければたいした意味を持ち得ない中途半端な取り組みは人生を無駄を生じせしめる

DANDYISM (1)

DOPINGPANDAのアルバムに「DANDYISM」というのがある。インタビューでロックスター古川裕はDANDYSMについて語っていた(どんな事を言っていたかは失念、、、)
やはり男としてはダンディーに生きたいね
そもそもダンディズムの定義とは?
俺の中で思いつくダンディーといえば「ひょっこりひょうたん島」の「ダンディー」だろう。そして真田広之と佐藤浩一。子供の頃からずっと憧れだ。

辞書では「おしゃれな人、だてしゃ」
「お洒落」は「気の利いた服装やポーズを心がけること」
「だてしゃ」は「だてな身なりを好む人、ダンディー」「だて」とは「はでに振舞って見栄を張ること」
「お洒落」と「だてしゃ」
「お洒落は時間と状況に応じ他人に対し十分配慮した気の聞いた服装をする人。
「だてしゃ」は自分の道筋を全うする男の美学を感じるだろう。

やはり後者の方がダンディーだよね
ダンディーという言葉が生まれたのは
1790年。男の服装にとって革命的な年
「洒落男」はかくあるべきという新たな定義づけがなされたからではないだろうかと落合正勝氏はいう
それまでは華美で目立つだけだった富や権力をの象徴としてしか意味を持たなかった服。
それが簡素な衣服に様変わりしたとき「お洒落な男たち」は、他人との差別化を考える。同じような服をいかに上手に装うか。
イギリス人は競って服作りをした。スタイルが同じならば裁断や縫製が重要な問題になってくる。この競い合いでイギリスのテーラーの技術は発展していった。
シャツでも物によって全然着心地が違うもんね。やっぱりいいものは全然違うのを実感する。
でも俺。いいシャツきてもそのシャツのよさを引き出しきれてないよなぁ。スタイルの問題だ。

また続き今度かく
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